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山口地方裁判所 昭和33年(わ)263号 判決

被告人 堤伊知男

昭九・一・五生 人夫

主文

被告人を判示第一の罪につき懲役六月に処し、判示第二の罪につき懲役三月に処する。

未決勾留日数中百五十日を右懲役六月の刑に算入する。

押収に係る小刀一丁(証第一号)はこれを没収する。

本件公訴事実中強姦致傷の点は無罪。

理由

罪となるべき事実

被告人は

第一、堤瑞穂外二名と共謀の上、昭和三十二年五月十一日頃、光市大字浅江協和所在馬場組水利組合水利小屋に於いて、同組合所有の組合長宝迫駒輔管理に係るフードバルブ一個(時価約五千円相当)を窃取し

第二、業務その他正当な理由がないのに、昭和三十三年七月二十日午後十一時頃、同市大字浅江虹ヶ浜海水浴場内売店「北海道」に於いて、鑪を磨いて作つたあいくちに類似する小刀一丁(証第一号)を腹巻の中に隠し持つて携帯し

たものである。

証拠の標目〈省略〉

法令の適用

被告人の判示第一の所為は刑法第二百三十五条に、判示第二の所為は銃砲刀剣類等所持取締法第二十二条第三十二条に該当するが、判示第一の罪は前示確定裁判を経た罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるので同法第五十条により未だ裁判を経ない判示第一の罪につき更に処断すべきものであるから判示第一の罪につき所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、刑法第二十一条により未決勾留日数中百五十日を右懲役六月の刑に算入し、押収に係る小刀一丁(証第一号)は判示第二の罪の犯罪行為を組成したもので犯人以外の者に属しないから同法第十九条第一項第一号第二項により没収し、訴訟費用については被告人にその負担能力のないことが明かであるから刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人に負担させない。

無罪の説明

本件公訴事実中強姦致傷の点は、被告人は昭和三十三年七月二十三日午前一時三十分頃、光市大字浅江虹ヶ浜海水浴場臨時飲食店「上海」に於いて遊興飲食中、偶同所に居合わせたA(当三十七年)を見かけるや、俄に劣情を催し、同女を姦淫しようと決意し、言葉巧みに同女を附近遊園地内松林に連れ込み、咄嗟に同女をその場に押し倒し、両肩を押えつけ、馬乗りになる等の暴行を加えてその反抗を抑圧し強いて同女を姦淫し、その目的を遂げたが、その際、右暴行により、同女に全治三日間位を要する背部圧創、右上膊圧痛、肛門出血等の傷害を与えたものであるというのである。よつて証拠により審究するに、被告人は、当公廷に於いて、Aを姦淫したことは争はないが、それは同女の同意の下になしたのであつて強姦ではないと主張しているが、被告人の検察官に対する供述調書には女を腕で押し倒し、させまいとしている女の人に乗り掛り、無理にズロースを引張つて脱がせ、嫌がる女を抑えつけて関係をした旨の供述があり、被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三十三年七月二十三日付)にも女をこかして乗つて抑えつけ、ズロースを無理に脱がし、もがく女を無理矢理姦淫した旨の供述があり、又、被害者に当る証人Aは、当公廷に於いて、被告人は松林の中で自分を仰向けに押し倒して無理にパンツを脱がせ、馬乗りになり、自分は逃げようとしてあちらこちらに転げたが、相手の力が強く遂に姦淫され、その際松の根で背を打つて負傷した旨供述しており、同年七月二十三日付の医師の診断書によれば、同女が右上膊圧痛、背部圧創(全治三日)、肛門出血の傷を負つていたことも明かである。そこで、本件の姦淫行為が強姦の意思の下に、被害者の反抗を困難ならしめる程度の暴行脅迫を用いてなされたものであるか否かが問題になるのであるが、この点に関する証人Aの供述には直ちにそのとおりに信用し得ぬものがあり、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書もこの点を積極に認めるに十分とはなし難く、その他当公廷で取調べた全証拠によるも、この点につき犯罪の成立を認めるには不十分である。以下その理由を説明する。Aの証言によれば、同女は事件の前日の七月二十二日大竹市の自宅から光市へ集金に来たのであるが、二十三日の午前二時過まで帰りの汽車がないので、暇潰しに午後十時頃から虹ヶ浜の海水浴場をぶらつき、午後十一時か十二時頃、夜間営業中の売店に休んでいる内、居合わせた被告人と始めて言葉を交し、汽車で一緒に帰ろう等と約三、四十分間店で話し合つてから光駅へ向うため歩き始めたところ、被告人が追つて来て、こちらに行つた方が駅へ出るのに都合が良いというので、光駅へ行く道順を知らなかつたためその言葉を信じて引返し、被告人と一緒に暗い方へ入つたというのであるが、一方、被告人は司法警察員及び検察官に対する各供述調書に於いて、散歩をしようと言つて被害者を姦淫現場へ通ずる横道へ連れ込んだものである旨供述しており、当裁判所の検証調書によれば、Aが被告人に誘われて引返したという地点は、光駅舎を真正面に望む道路上の同駅舎南方約百三十米の地点で、深夜と雖も同地点に達すれば、進行方向の真向いに光駅が在ることは、初めて同駅を見る者にでも、駅舎の建物照明等により一見して知り得る状態にあること疑問の余地なく、而も事件当夜同女が光駅に赴いたのはこの時が二度目であつたことは同女自ら証言するところであるのみならず、同女は前記売店より駅に向つて、順路であり、且つ最短距離の道を進行して、光駅を目前に望む、前記地点に到達したものであつて、光駅へ行く道がわからなかつた為に光駅へ行く近道であるからとの被告人の言葉に誘われて被告人と同行してわざわざ暗い松林の中に入つて行つた旨の同女の供述は到底信用し得ず、この点は散歩しようということで同女を誘つて横道へ連れ込んだ旨の被告人の供述に真実性が認められる。而して、当裁判所の検証調書によれば、姦淫行為の行なわれた場所は、光駅舎正面へ通ずる道路の同駅舎南方約百八十米の地点より東に折れて横道へ入り、略東南方に約三百四十九米進んだ海岸の松林の中で、現場に至る途中の道は、最初の八、九十米を除き近くに人家もなく外灯の設備もない松林の中を通つていることが明かであり、而も同女の証言によれば、同女は、事件当夜被告人に出会う前午後十時頃虹ヶ浜海水浴場附近をぶらぶら歩いていた時、警察官から松林の方へ行つていかんと注意を受けたということでもあるのに、始めて会つたばかりの見知らぬ男に散歩を誘われるままに何等危険を顧みることなく、深夜暗黒の松原内を通ずる道を連れ立つて三百米余も歩いたことは常識上理解に苦しむところで、被告人が、同女に於いて、たやすく散歩の誘いに応じたことにより暗黙に姦淫に応ずることを承知したものと信ずるに至つたとしても不自然ではない。更に姦淫現場に到着するまでの模様につき、被告人は司法警察員に対する供述調書(昭和三十三年七月二十三日付)中で、相手の肩に手を掛けると黙つているので、こりや世話ないやらせると思つたので肩に手を掛けたまま五、六十米歩いて姦淫現場の光楽園の松林内に連れ込んだ旨供述し、当裁判所の検証調書によれば、被告人が被害者の肩に手を掛けたと主張する地点から姦淫の行なわれた地点までは約百六十九米あることが認められるが、被害者Aもその証言中で暗い道へ入つてから半分程行つたところで被告人のため肩に手を掛けられたことを認めている。前述の如く、深夜、松林の中を通ずる道路を見知らぬ男と連れ立つて三百米余りも歩くということ自体解し難いものがあるが、たとえ、それが軽卒に相手の言葉をそのまま受取つたためであるとしても、肩に手を掛けられるに至つては危険を感じ警戒するのが当然であるのに、同女はその際相手を撥ねのけるとか相手から逃げ出す等の判然とした態度に出ることなく、そのまま姦淫現場まで同行したことは、同女の証言によつても窺われるところであるし、当時途中まで二人に随いて行つた山崎昇の司法警察員に対する供述調書によるも、同女が被告人より逃れようとして争つたような形跡は認められない。してみれば、前述の、こりや世話ないやらせると思つた旨の被告人の供述にも真実性があり排斥し難いことは明かである。更に同女が被告人に姦淫された具体的状況について見るに、同女は両度にわたつて証人として尋問を受けながら、被告人が同女に加えた暴行の内容として、被告人は同女を抱くようにして手を首の後へ掛け、前から仰向けに押し倒したので、同女は逃げようともがきあちらこちらへ転げたが、相手の力が強く、ズロースを脱がされ、馬乗になつて関係されたという凡そ姦淫行為に通常伴う程度の漠然とした抽象的な態様を供述するに留まり、如何にして反抗を困難ならしめるような暴行を加えられたかという具体的な暴行の態様について何等明確な供述をなし得ない。この点を被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書について検討しても前述の如く、相手を押し倒し、乗り掛つて抑えつけ、ズロースを無理に脱がし、もがく女を無理に姦淫したという程度の極めて抽象的な供述があるに過ぎず、強姦行為の際多く見られる殴打扼首、脅迫等のなされた形跡もなく、果して相手の反抗を困難ならしめるような如何なる暴行が加えられたのか俄に断じ難い。首に手を掛け、押し倒し、馬乗になり、ズロースを引き脱がして姦淫するというのみでは姦淫行為一般についても当てはまることで必ずしも強姦行為とはなし得ない。被害者たる同女の抵抗の様子についても、同女の証言及び被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によるも、同女が大きな声でたけるよ、警察へ言うよ等と言つたことは認められるが、実際に大声で救を求めた訳でもなく、単にもがいたというのみで、それ以上力を尽しての抵抗がなされた形跡を認め得ない。診断書記載の負傷は軽微なものであり、当裁判所の検証調書により認められるように現場の地面が各所に松の根の露出した荒い砂地であることを考えれば、必ずしも抵抗の烈しさを物語るものとはなし得ない。従つて同女が真実本気で力を尽して抵抗し、被告人が同女の反抗を困難ならしめるような暴行を加えたものか否か多分の疑があり、他面被告人としても、たとえ同女より一応の抵抗は受けても、それが前記の程度では、姦淫現場に到着するまでのいきさつから考へて、同女が本心から抵抗するのではなく内心は同意しているものと思い続けることも十分有り得べきことである。被告人は、司法警察員に対する弁解録取書、裁判官に対する被疑者陳述録取調書中で本件強姦致傷の犯罪事実はその通り相違ない旨述べており、又司法警察員及び検察官に対する各供述調書中でも強姦の事実を認めた趣旨の供述をしていることは前述のとおりであるが、右は孰れも実際には結果的に外形的事実を認めた趣旨の供述に過ぎないと解する余地があり、被告人の犯意の証拠としては十分ではない。その他当公廷で取調べた全証拠につき検討するも、本件公訴事実中強姦致傷の点について犯意並びに強姦致傷罪の要件たる暴行脅迫の存在を認めるに足りる証拠は存しない。結局、本件公訴事実中強姦致傷の点は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をする。よつて主文のとおり判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 永江達郎 竹村寿 高橋正之)

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